明日はこないかもしれないから

第43回(令和5年度)
全国高校生読書体験記コンクール優良賞
板垣陽菜さん(新潟県立新潟高等学校)


(取り上げた書名:『「がんになって良かった」と言いたい』/著者名:山口雄也・木内岳志/出版社名:徳間書店)

 朝、目が覚めると体が重い。指がこわばって身支度がスムーズにできない。毎朝毎晩五錠の薬をのむ。二週間に一度病院で点滴治療を受ける。私は膠原病の一つ、若年性特発性関節炎という病気を患っている。原因不明の難病だ。人はこんな私のことを可哀想だとか不幸だと思うだろう。けれど私は病気になってよかったと思っている。これは私が強がって言っているだけなのだろうか、それともこう思わないと気持ちが保てないからだろうか。この問いの答えが見つかる気がしてこの本を手にとった。「『がんになって良かった』と言いたい」刺激的なタイトルのこの本の中に答えを見つけたくてページをめくっていった。  

 度重なるがんの宣告をうけ、入退院を繰り返している大学生。彼が闘病生活を通して病や死に向き合い人生について考え続ける様子、またみんなにも自分の命について真剣に考えてほしいというメッセージがこの本にはつまっている。  

 この本を読んで、私は多くのことで彼に共感した。病は不幸そのものではない。患者を可哀想だと言ってくれるな。そうだそうだと頷きながら読んだ。しかし読み進めるうちに彼と私には大きな違いがあると感じた。この本を読むまで私は「病気になって良かった」と単純に思っていた。もちろん病気になって辛かったことはたくさんある。体育も行事もみんなと同じように参加したい。治療のためとはいえ、吐き気の副作用が出る薬をのむのは辛い。でも、病気になったからこそ得たものもたくさんある。私は主治医の先生のような医師になりたいという新しい夢をもつことができた。そんな夢を与えてくれた先生に出会えたのも、担任の先生から前向きな考え方を教えてもらうことができたのも、みな病気のおかげだ。だから私は病気になってよかったと思っている。けれどこの言葉は病気と闘う武器になると同時に仲間や自分を傷つける凶器にもなるそうだ。私と違って彼の言葉には「と言いたい」という五文字がついている。この五文字に込められた思いは大きい。一つはがんと闘っている患者さんや家族、がんで家族を失った遺族を傷つけないための配慮だ。がんになること自体が良かったわけではない、そう自分に言い聞かせたいのだというニュアンスになる。もう一つはがんになったことで得たものを大切にしながら生きて、がんになって良かったと胸をはって言える(・・・)ような生き方をしようという自分へのメッセージが込められていると思う。私にはまだ配慮も覚悟も足りていないなと痛感した。  

 なぜ私にはまだまだ覚悟が足りないのか。大きな違いは「死」と真剣に向きあったかどうかだ。彼は再発を繰り返し生死の境も幾度となく経験した。周りの人の死にも多く直面した。その都度やり場のない怒り、悔しさ、虚しさにもがき苦しんだ。その末に手にしたものがあった。今を生きる大切さを痛感し後悔しない毎日を過ごすことだ。  

 彼が苦しみ悶えながら命と向き合ったのに対して私が死について考えたのはたった一度だけ。病気を発症したばかりのころ熱のため割れるような頭の痛みに襲われ「私死ぬのかな」と感じた時。あの時は当たり前の毎日がくることに感謝して生きようと思ったのに、症状が落ち着くとすっかり忘れてしまった。今を大切にして後悔しない毎日とは程遠い日々を過ごしている。明日でいいやといくつのことを後回しにしただろう。ちっとも一日を大切に生きていない。  

 そこで今回この本を読んだことをきっかけに私も死について真剣に向き合ってみようと思った。私の病気は基本的には予後が良いので、先にも述べたように死について考えることはほぼない。しかし実際には、この病気の人の中にはマクロファージ活性化症候群という合併症を起こす人がいる。適切な治療が行われなければ死に至ってしまうそうだ。もしも自分がなったらと想像してみた。ところがなかなかできない。こんなこと想像したら本当にそうなってしまいそうで怖いと考えることに蓋をしてしまったり、「自分は大丈夫」と誤魔化そうとしたりして逃げてしまう。人は経験していないことにはなかなか思いを馳せられない。そこで過去を思い出してイメージすることにした。病気で入院した時あちこちが痛くてご飯も食べられなかった頃を思い出して、あのまま学校に行けていなかったら、友達に会えなくなっていたら。具体的に考えた瞬間、涙がこぼれてきた。命と真剣に向き合う一歩になったと思う。病気や死と向き合うことは命と向き合うこと。一人の人間として、医師を目指す者として、毎日をよりよく生きるためにこれからも逃げずに考えたい。私の問いに対する答えは本と私の中にあった。強がりでもなく、自分の気持ちを守るためでもなく。先延ばしにせず今日をしっかり生きよう。そして行動しよう。胸をはって「病気になってよかった」と言えるように。

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