図書館Café Vol.7 No.1 発行日:2018年1月31日

発行所:神奈川工科大学附属図書館
 図書館長:小川 喜道 編集委員長:安本 匡佑
編集委員:今井 健一郎・安部 惠一・小澤 秀夫・渡邉 怜・摺淵 亜希子





 神奈川工科大学読書コンテストは、学生の主体的な学びを励まし、文章作成・発表の実践力を培うことを目的として、基礎・教養教育センターと図書館の共催で開催しています。
 審査方法は、読書感想文による一次審査と、図書館1階での公開プレゼンテーションによる最終審査となっており、学長賞・図書館長賞・紀伊國屋書店賞および優秀賞が決定されます。
 4年目となる今年度は、全学から64作品の応募があり、1年生3名(過去最多)を含む計9名が9月20日(水)の最終審査に臨み、個性溢れ見応えのあるプレゼンテーションを繰り広げました。
 図書館Café Vol.7 No.1(読書コンテスト特集号)は、最終審査に進んだ9名の受賞作品の全文を掲載いたします。ぜひ、今後の読書と学習の参考にしていただければ幸いです。

学長賞

『普通』と『異常』の境界線に打ち込まれた弾丸


 暴力は愛情表現か? それは違う、と私達は答える。何故か。『普通』に考えて、暴力とは憎しみに任せ、相手を痛めつける行為であるからだ。ただ、ごく普通の中学生、山田の前に現れた自称人魚の転校生、海野は普通ではなかった。
父親からの暴力によって出来た痣を地上での汚染だと言い張り、障害が残った足を魔女の呪いだと信じている。
『普通』の側に生きる山田や読者から見て彼女が普通ではないことは明白だ。結末を言えば(これは冒頭で明かされることだが)海野は転校から1か月後、父親によって殺害される。何故、海野は死ななければならなかったのか。
 読者は海野が死の運命から逃れられないことを知りながら、海野を支配する父親に無力な山田を通して、海野と父親の『異常』な世界を、境界線越しに眺めることしかできないのだ。暴力は決して愛情表現ではない。 愛情表現であっては絶対にならない。それが普通なのだと、私達は信じている。しかし、普通とは現代社会のあらゆる平均値であり、物言わぬ無数の人々によって多数決で決められていた基準に過ぎない。与えられた評価基準に従って生きるしかない私達に、振り下ろされる拳は愛ではないと否定する権限は果たしてあるのだろうか。


『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

 

桜庭一樹著 KADOKAWA 2009
配置場所:1階文庫書架 請求記号:B913||S
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB01068766

図書館長賞

愛を思考する


 愛するということを態々思考し、自分なりの答えを見出そうとする者は殆どいないだろう。現代社会はすべての答えが電子機器の中にあり、数学的思考すら機械に打ち込むだけで完了してしまう。そんな分からないことは調べれば分かる便利な世の中でも分からないことがある。それは愛するということだ。
 著者は愛するということは生命を与えることと述べている。愛を持つことはできず、愛を所有しようとした結果相手を束縛し、支配しやがてはその者の生命を奪ってしまうと。この本を三年間読み続けて私が導き出した答えは、愛を持とうとするのではなく、対象の肉の中に入り込みその存在要素を認め、自己と同一化していくことこそが愛だという事である。これは物理的に肉に入り込むのではない。私とあなたは互いに違ってよく、私という存在意義とあなたという存在意義という肉の壁を承認し自らの中に取り込んでいく事だと私は考えている。
 著者は愛するということについてさらに常に学習することと述べている。ただ一時に見出した答えがすべてではなく、またそれが一人では成しえないということだ。
 この本は、愛するということについてだけでなく、私たちの無知を自覚させてくれる。そんな一冊である。


『愛するということ』

 

Fromm, Erich著;懸田克躬訳. 紀伊國屋書店, 1986.
配置場所:2階書架 請求記号:141.6||F
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB00041683

紀伊國屋書店賞

騙され中毒


「こんなに気持ちよく騙されるなんて」この作品を読み終え感じたことだ。私はミステリーを二回連続で読んで楽しむことが多い。最初は謎を楽しみ、次に伏線を楽しむのだ。この作品は一回目の面白さもさることながら、二回目の面白さを何度でも味わいたくなってしまう中毒性を持っている。
 ミステリーといっても事件の謎を解くのではなく、日常の謎を解くのだ。作中の五つの物語は、すべて毒々しい残酷な結末と真相が待っているが、その伏線やヒントは、登場人物を語り手として書く手法と作者の巧みな技術によって、その姿を日常に擬態させられている。この擬態こそが、中毒性を感じさせた。
 一度読み、残酷な結末と虚を突いた真相に舌を巻く。それから、真相を隠す様々な擬態をしている伏線を理解してからもう一度読む。すると、タネを知っているはずなのに、その見事な物語の日常への溶け込み具合に、またしても伏線を見失い、 物語に騙され、その読み味にはまってしまう。また、上品で教養を感じる語り口がこれを引き立てる。しかもなんと五種類も味わえるのだ。 
 ぜひとも、甘美な文章によって手玉に取られ、理解しているのに騙されたくなってしまう快感に浸ってみてもらいたい。


『儚い羊たちの祝宴 : The Babel Club Chronicle』

 

米沢穂信著 新潮社 2008
配置場所:2階書架 請求記号:913.6||Y
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB00176872


優秀賞

孫市というリーダー像


 戦国時代、最強と恐れられた傭兵部隊、雑賀衆。その長である雑賀孫市に私は理想のリーダー像を垣間見たような気がした。
 孫市は一言で表すのなら豪放磊落。鉄砲と女をこよなく愛する快男児であり、おちゃらけて見えるようで義に厚い男だ。紀伊の小さな集落ではあるが、彼は雑賀衆の皆から愛され、敬われていた。それはなぜだろうか。いくつか理由が考えられる。
 まず一つはその性格だ。先述したように底抜けに明るい楽天主義者でまるで子供のような我が侭さを持つが、それが人々には親しみやすさとなっている。
 二つ目は実力。鉄砲衆を率いる孫市自身も銃の名手であり、もちろん戦の才も持ち合わせている。
 三つ目に人を見抜く才である。孫市は作中で、木下藤吉郎と生涯にわたり奇妙な友情を築くが、藤吉郎が信長の家臣であったころから、その魅力と能力を見抜いていた。さらに後に孫市の正室となる小みちの事も、鉄砲衆をまとめ上げる力があることを見抜き、雑賀に連れて帰った。このように人の能力を見抜き、使うことにも、孫市は長けていた。もちろん、この話に描かれた雑賀孫市は司馬遼太郎の作った創作上の人物である。しかし人々から愛され、実力を持ち、人を上手く使える。現代に足りていない理想のリーダーがそこには確かにいたように思う。







『尻啖え孫市』

 

司馬遼太郎[著] 
上 : 新装版  
下 : 新装版 
講談社 2007
配置場所:1階文庫書架 請求記号:B913||S||1
配置場所:1階文庫書架 請求記号:B913||S||2
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB01248350

優秀賞

道義を踏みにじる大胆


 小説「虞美人草」において、最後に書かれている「道義」。私は小学生の頃、道徳の授業でこの言葉を知り、学んだ覚えがある。そこで習ったのは、「人が行うべき道」という意味だが、この言葉を私はそれ以来あまり耳にすることがなくなっていた。
 そう思いながら、本書で夏目漱石が説く「道義」を読んでみると、そこには意外な内容が書かれていた。「死を忘るるものは贅沢だ。贅沢は高じて大胆になる。大胆は道義を蹂躙して自由に跳梁する」。
彼にとって「道義」とは、何より自らがいつか確実に死ぬという「真実」を忘れないことであり、その「死」を忘れようとするとき、人はふざけ、騒ぎ、人を欺き、馬鹿にする。そのような今の社会にも確実に存在する問題が浮上してくるのだという。
 いじめ、詐欺、マナーの悪さ、子どもへの虐待、SNS内での過激な投稿、シェイムビデオ、ヘイトスピーチなど、私たちは自らの死を忘れるがために、道義を蹂躙しているのではないかとこの本を読んで気づかされた。今、何かできる事がないかと考えてみたが、なかなか一人で打開できる答えに帰着できない。きっと夏目漱石も同じように悩んだのだろう。みんながもう一度、自らの死を発見し、「道義」の意味を改めて考え直していくしかないのかもしれない。そう考えさせられた小説であった。


『夏目漱石全集4』

 

夏目漱石著 角川書店 1973-1975
配置場所:B2閉架EV書庫 請求記号:918.6||N||4
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB00013837

優秀賞

ファンタジー世界を覗ける一冊


 この本は、書名のとおり、ファンタジー世界の用語が収録されている。主にファンタジー世界の基盤となった中世ヨーロッパの人々の生活や、神話・伝承などについて書かれている。また、用語についての知識だけでなく、それをどういった方法でゲームシナリオの制作に生かせばいいのか、といった内容も書かれていた。 
 私がこの本を読んで素晴らしいと思ったのは、先述のようにシナリオ制作に役立つ内容であることはもちろん、読み物としても楽しめるという点だ。今まで何気なく触れていた「帝国」などの厳密な定義。現実で見る機会がなく、どのような外見、性質なのかいまいちピンと来ていなかった武器や防具などのイラスト付き解説。ファンタジー世界を題材とした作品が好きな人ならば、読み進めるのが楽しくなるような内容ばかりだ。 
 私もそのようなファンタジー世界を好む人間の一人である。さらに、将来ゲーム制作に携わる仕事をしたいと思っていることに加えて、現在趣味としてTRPGを嗜んでいる。なので、この本を手に取ったのは運命の出会いともいえるかもしれない。


『ゲームシナリオ創作のためのファンタジー用語大事典 : クリエイターが知っておきたい空想世界の歴史・約束事・知識』

 

ゲームシナリオ研究会編 コスミック出版 2012
配置場所:2階書架 請求記号:798||G
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB01069849

優秀賞



「コミュ障」と呼ばれる人々に対する認識


 自分の主張を一方的にまくし立てて周りには聞く耳を持たない人、周囲の雰囲気を察せない人。精神医学における「コミュニケーション障害」ではなく、俗に「コミュ障」と呼ばれる「困ったちゃん」として扱われる人々について考察したのが本著である。 
 私が興味深いと思ったのは、そういった人々について、文明や技術を発展させる推進力の役割を果たした、もっとも人間的な存在であるかもしれないと述べている点である。 
 筆者の「視覚探索課題」実験によると、コミュ障の人は、脳の情報処理系のうち動物全般が脅威や危険を大まかに認識する「皮質下回路」が弱く、一方、霊長類が進化させ、それを特徴づける「皮質回路」の機能に問題はないという。 
 そのため、怒られてもそれに対する認識や学習ができなかったり、また、全体を見ずに細部に拘る傾向にある。そうして意思疎通が苦手となるのだが、筆者は近代科学の流れのなかで、こういった特徴を持った人々こそが、主要な役割を果たしたのだと考えている。
 私は、コミュ障の人々が今、社会の中で不利益を被っている現状を「不幸なこと」と言っている筆者の意見に同意する。そして、そうした人々に対する、世間の認識を改めるべきではないだろうか。


『コミュ障動物性を失った人類 : 正しく理解し能力を引き出す』

 

正高信男著 講談社 2015 (ブルーバックス)
配置場所:2階書架 請求記号:408||B||1923
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB01146482

優秀賞

眩いほど極彩色な世界


 人には誰だって表があれば裏もある。どんなに自分が信じていた人だって真っ白な人間じゃない。この作品は、そんな人間のキレイな部分と醜い部分の両方が詰まっている物語となっています。
この作品のキーワードは“色”です。
 物語の最初、主人公が見る世界はひどく醜い真っ黒な世界に映ります。利己的な父親、不倫をしている母、意地悪な兄、援交をしていた思い人。そんな現実から目を背けるように距離を置く主人公ですが、多くの障害にぶつかることにより、色々な事実を知り、色々な本音を知り、色々な見方を知っていきます。そして、主人公はそんな人たちのことを徐々に理解していきます。私はこの本を読んで、自分が見ている世界は、どこまでいっても自分が決め付けている世界だと思いました。考え方が変われば、見える世界も変わってくる。眩いほど極彩色な世界だからこそ、人によって見えているものが変わってきてしまう。それを人と共有するには、結局は自分の思いを相手に届けるしかないと考えさせられました。
 この作品は、人生においての「正解」を自分なりに考えさせられる、そんな作品だと思います。


『カラフル』

 

森絵都著 文藝春秋 2007 (文春文庫)
配置場所:1階文庫書架 請求記号:B913||M
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/BB01146539

優秀賞

「二度めの夏、二度と会えない君」に学ぶ後悔しない方法


 人間は生活をする上で選択をする事を避けることができない。たとえどんなに選択肢が難しいものであったり、手間のかかるものであろうと、その選択肢を選び取らなければならない時もある。そして大半の人間は、何故この選択肢を取ったのか?と後悔する。 
 実際に今年で19になる私も、未だに小学生の頃、何故あんなことをしたのだろうと後悔をすることが多々あり、その度にどうしたら後悔せずにいられるのかと考えてきた。そんな時、私はこの書籍、「二度目の夏、二度と会えない君」に出会い、ある一つの答えを導き出した。 
 その答えとは、後悔をしない方法なんて存在しないという事である。ある選択肢を選び取ってもどこかで必ず、止めた方がよかったのではないか?この選択は間違いではないか?と選択が正しいのかを考えたり、このくらいなら選択の範囲を超えても大丈夫かな?と妥協してしまって、気が付いたら初めに選択していたことと異なった行動をとっていたりすることなど珍しくない。 
 そのために、自分は、どうせ後悔するならばせめてその選択をするに至った理由に納得できるものを選びたいと考えさせられた。 
 この本を通じ、自分のこれからがよいものであることを願う。


『二度めの夏、二度と会えない君』

 

赤城大空著・イラスト/ぶーた 小学館 2015 (ガガガ文庫)
所蔵詳細:https://opac.std.cloud.iliswave.jp/iwjs0013opc/NII/BB23023811

総評

審査委員長/基礎・教養教育センター教授
尾崎 正延


 今回で4回目を迎えた読書コンテストには、過去最多、58名、64件の応募があった。本コンテストが定着した観がある。
 1次、2次、3次の厳正な審査を経て、各賞が決定された。
 多忙にもめげず応募した学生の皆さんに敬意を表すると共に受賞された方々には心からの賛辞を送りたい。



図書館長/ロボット・メカトロニクス学科教授
小川 喜道


 これまでは後期にコンテストを行ってきたが、今年度、初めて前期に作品応募を行ったので、どのくらいの作品が集まるか心配したが、例年以上の64点もの作品が集まり主催者としてはほっと胸をなでおろした。
また、これまでになく1年生の応募も13件と多く、学科の広がりもみられた。
社会派の作品を取り上げたもの、図鑑から読み取るという新しいパターンが見られたことなど、これまで以上に読書コンテストの質が高まっていると感じた。来年以降も一層すばらしい作品の応募を期待したい。



過去の読書コンテスト受賞作品