道は拓けし 歩けよ乙女
第43回(令和5年度)
全国高校生読書体験記コンクール入選
小林楓さん(新潟県立高田北城高等学校)
(取り上げた書名:『夜は短し 歩けよ乙女』/著者名:森見登美彦/出版社名:角川書店)
「失敗したらどうしよう。」まだ何もしていないのに心配ばかりして、なかなか前進できない。人と接するのが苦手で、友人が少なく、寂しい。そんな私に変わるきっかけをくれたのは、小説『夜は短し歩けよ乙女』だ。
この本と出合ったのは、中学三年生になった春である。中学校では毎朝読書の時間があった。当時ほとんど本を読んでいなかった私は、自分の読みたい本をなかなか見つけられずにいた。そこで、あるウェブサイトで探した結果、手に取ったのがこの本であった。
ストーリーを簡単に紹介しよう。物語の舞台は京都。大学の後輩である「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町や下鴨神社の古本市、学園祭に彼女の姿を追い求める。偶然の出会いが頻発するにもかかわらず、彼女は先輩の想いに一向に気付かない。そんな二人が、個性溢れる曲者達と数々の珍事件に巻き込まれていく。
この本を初めて読んだ時、私は衝撃を受けた。登場人物のセリフや情景描写における言葉選びが独特で、何もかもが新鮮だった。ページをめくる度に、頭の中でたくさんのイメージが広がり、登場人物たちが駆け抜けていく。彼らが繰り広げる言葉の応酬は実に面白く、読んでいると、まるで自分もその世界の一部であるかのように思えた。読みながら私は、生真面目で彼女に嫌がられるのが怖く、決定打に踏みきれない先輩に共感を抱いた。同時に、何事にも怖気付かず「ずんずん」進む彼女の行動にひやひやしながら、その度胸と可愛らしさに魅了された。私もこんな風に自由に生きたい。楽しい大学生活を送りたい。たくさんの人と繋がりたい。そんな思いで胸がいっぱいになった。
その後の私は、初めてやることでも恐れずに前向きな気持ちで挑戦するようになった。例えば、今年六月に行われた体育祭の軍パネル制作だ。始めは興味があったものの、まだ馴染めていないクラスメートや上級生との共同作業が不安で、その係になるか迷っていた。しかし、彼女の勇姿を思い出し、「やってみなければ何も分からない。やらないで後悔するよりも、やって後悔しよう」と己を鼓舞して、係になった。制作中は学年を超えて係のメンバーと一緒に悩んだり、時に雑談をして笑い合ったりと、大変だったが充実した時間を過ごすことができた。さらに、私達が作り上げたパネルはパネル賞を獲得し、軍全体が歓喜に湧いた。私は心から「思いきってやってよかった」と思った。このことを通して、挑戦することに意味があり、挑戦することで道が拓けるということを学んだ。今の私にはやってみたいことがたくさんある。私は中学二年生の時、約半年間病気で入院していた。それから二年。今はまだ体力を取り戻す段階にあるが、部活動や大好きだったスキー、英語検定など、興味のあることにどんどん挑戦したいと思っている。
また、この本は私の友達作りに対する意識を変えてくれた。以前の私は、相手の行動や態度に合わせ、無理して仲良くしようとしていた。さらに、入院して半年以上学校を休んだことがきっかけで、周りの人との間に壁があるように感じて辛かった。結果として人と接するのを避けるようになり、友人との関係もぎくしゃくとしてしまった。そんな私の心に響いたのは、物語の最後の一行にある彼女の一言、「こうして出会ったのも、何かの御縁」だ。彼女は珍事件に見舞われながら、予想外な場面で様々な人と繋がっていく。天真爛漫な彼女の人柄が自然と人々を惹き付けるのだ。私はその姿に憧れた。そして、自分もそれでよいのだと思った。他の人に無理矢理合わせる必要はない。「御縁」のある人と繋がればよい、そう考えるようになった。すると心が軽くなり、私はいつも自然体でいられるようになった。人と話すことが好きになった。今は、心を許せるような友人がたくさんでき、楽しい高校生活を送っている。
この本との出会いは、まさに運命だ。私は登場人物から物事に向かう姿勢と、ありのままの自分でいることの大切さを学んだ。それだけではない。この物語の面白さに感動して、私の小説に対する価値観は劇的に変わった。他のジャンルの本にも興味が湧いてきた。今は、時代小説や日本の文学作品が好きなので、よく祖母から借りて読んでいる。当時の文化や人々の暮らしぶりも知ることができ、とても面白い。
一冊の本との出会いによって私は変わった。臆せず挑戦すること、出会った人とありのままの自分で繋がっていくこと、様々なジャンルの本に触れること、そのどれもが私の世界を大きく広げてくれる。
私は、これからも彼女のように己の道を「ずんずん」進んでいきたい。自分の道をもっと広げたい。『夜は短し歩けよ乙女』は、今もこれからも、私の宝物の一冊だ。