奇蹟の音を目指して

第41回(令和3年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
舘岡有実子さん(新潟県立高田北城高等学校)


(取り上げた書名:『吹部!』/著者名: 赤澤竜也 /出版社名:角川文庫)

 吹奏楽部の兄の演奏会を聞きに行き、初めて出会ったアルトサックス。私はその音色と見た目の格好良さに、一目で虜になった。そして、まだ小学五年生だったが、「中学校で絶対にあの楽器を演奏する。」と、確信に近い決意をした。
 それから二年が経ち、中学校で吹奏楽部に入部した私は、あの時の決意を現実にするために動いた。楽器体験では、ほぼ毎日、アルトサックスの所に通い詰め、体験というよりは練習をした。そして、オーディションを経て、希望通りのアルトサックスを演奏することになった。憧れの楽器を手にした私の喜びは大きく、毎日が本当に楽しかった。まさか、いずれ悩みをかかえるようになるとは、思いもよらなかった。
 練習も本格的に始まり、曲のレパートリーもどんどん増えてきた。各種コンクールの他に、地域の祭りやイベント等に呼ばれることもあり、演奏の機会がとても多いのだ。一曲を仕上げるとまた一曲と、厳しい練習の日々。その中で、部員達の気持ちのベクトルがそろわない場面も見えてきた。やりたい音楽や目指すゴールが違うのだ。
 イライラが募る中、朝読書の本を探して入った書店で見つけた「吹部!」という表紙。私は迷わずその一冊を受け取り、レジへと向かった。自分達と同じように悩みながら音楽に取り組んでいる主人公達の姿に、何かヒントが見つかるのではないかと思ったからだ。
 早速、毎日の朝読書で読み始めたその本には、思った通りの音楽ができずに葛藤する吹部のメンバー達の様子が具体的に書かれていた。私は深く共感し、自分もくじけずに良い音楽を目指してがんばろうという気持ちになることができた。しかし、当時の私は、本当に良い音楽を目指すにはどうすればよいのかは、分かっていなかったように思う。
 中学生活も三年目となり、私達は最後の舞台となる吹奏楽コンクールに向けて、邁進するはずだった。しかし、コロナウイルスによって、私達の輝かしい日々は、あっけなく終わってしまった。悲しさや悔しさをどこにぶつけたらよいのか、誰も分からなかった。
 高校に入学してからも私は吹奏楽を続けた。コロナウイルスのせいで活動を制限されているからこそ、より一層、音楽をやりたい気持ちが高まったのだ。しかし、高校ともなると、各中学校から経験者が集まり、ライバルも多い。私はオーディションに挑んだが、ライバルに敗れてしまい、コンクールに出ることができなかった。私は、今までに感じたことがない程深い悲しみと喪失感を味わった。そんな時、中学時代に悩んだ時に読んだ「吹部!」を思い出し、再び手にとってみた。
 ページをめくっていくと、中学校の時にはそれ程気にならなかった主人公達の言葉が、やけに心に引っかかる。引っかかった言葉達はどれも、音楽を奏でることの喜びや、音楽の可能性を表したものだ。中でも、私の心に一番大きく響いたのは、顧問の先生の「思春期の生徒に金管や木管やらせると、奇蹟の起きるときがあるんだ。ある程度の才能があって、死ぬほど努力すると、信じられないことが起こる。突然、音が変わるんだ。」という言葉だ。私の音はまだ進化できる、そう思った時、目の前がぱっと明るくなった。
 高校生活一年目の私の夏。吹奏楽コンクールには出られなかったが、マーチングコンテストに向けて、死ぬほど努力した。音だけでなく動きも完璧にしなければならないマーチングの練習量は並大抵ではない。くじけそうな時もあったが、その度にあの言葉を思い出した。私の音は変わっただろうか。奇蹟は起きたのだろうか。自分ではよく分からないが、毎日の練習を経て、進化したことは確かだと思う。そして、その進化は吹奏楽部のみんなにも起きたのだ。コンテストの結果、西関東大会に進むことになったのだから。
 良い音、良い音楽とはどんなものなのか、本当の答えはまだ分からない。しかし、それを目指すためにはどんなことに取り組んでいけばよいのか、少しずつ分かってきた。仲間と心を一つにし、音が変わる奇蹟の瞬間に出会えるよう、努力し続けたい。 

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