今の僕にできること

第40回(令和2年度)

全国高校生読書体験記コンクール県優良賞

柴田奏太朗さん(新潟県立高田北城高等学校)

(取り上げた書名:『君たちはどう生きるか』/著者名:吉野源三郎原作・羽賀翔一漫画/出版社名:マガジンハウス)

「将来なんてどうでもいい。」これが僕の口癖だった。中一の終わりから中二の終わりにかけて、僕は完全に腐りきった生活を送っていた。勉強や部活動をおろそかにし、家ではゲームばかりをやり、家庭学習は全くと言っていいほどやらなかった。僕の腐敗の全盛期とも言える、中二の夏に、朝読書の本を買うために書店に足を運んだ。文字を読んだり、それを受けて何かを考えたりすることが大嫌いだった僕は、早々に小説に飽きて、マンガを読み始めた。終いには本来の目的を忘れてマンガのみを手に取って、レジへ向かった。ふと、目に留まったレジの横に置いてある一冊の本で、僕は本来の目的を思い出した。これといって読みたい本が無かった僕は「これでいいや」という思いで、その本「君たちはどう生きるか」を購入した。

それから僕は毎朝、この本を読み進めていった。しかし、除々にこの本を読むことに嫌気がさしてきた。なぜなら、正しい道に進もうとする主人公のコペル君の姿や、その叔父がコペル君に伝えた思いを見て自分自身の状況に引け目を感じるようになったからだ。コペル君は「人間分子の関係、網目の法則」を発見したと叔父に伝えていた。当時から、学者の間で「生産関係」と呼ばれていたこの関係を、自分に照らし合わせると、世の中に何も出していないどころか、家族や先生に悪影響を与えているのではないかと不安になった。その後も読み進めるにつれて、友人について深く考え、手助けしようとするコペル君や、友人が困っている時に、行動を起こそうとするコペル君とその友人達の姿を見て、そのような友好的な関係や、「他人の為になることをする」という考え方が自分には欠如していると痛感した。物語の終盤で叔父がコペル君に対して、「僕たち人間は、自分で自分を決定する力をもっている」と手紙で伝えていた。これを見た僕は、「自分を変えなければいけない」と本当は分かっていただろう。しかし、僕は現実から目を背けて、自分に都合の悪いことばかり書かれているこの本を、本棚にしまい込んだ。このようにして僕は、「自分で自分を決定する力」を「逃げ」という道に使ってしまったのだ。

その後も中学二年の貴重な時間を無駄にして、気がつけば三年生になっていた。そこで大きく環境が変わったり、進学への不安が募ったこともあり、僕は正しい道に進むことを決心した。しかし、その時の僕にはこの先必要となってくる知識も、周りからの信頼も、なにもかも残っていなかった。皆が中三の勉強に打ち込む中、僕は、中一の基礎の問題から始めた。その後も、学校でしっかり授業を受けて、家で地道に基礎を勉強する、という毎日を繰り返して、なんとか志望校に合格することができた。僕の中学校最後の一年間は、過去の過ちを償うことで終わってしまった。マイナスをゼロに戻した僕は、高校生活に希望を抱いていた。しかし、入学してしばらく経つと、原因不明の虚無感に襲われるようになった。家族の信頼を取り戻し、勉強も皆と同じ内容を同じ時期に予習、復習でき、友好的な人間関係を新たに作り上げることもできる。そのような僕が理想としていた生活を目の当たりにして、虚無感に襲われることになるとは思ってもいなかった。

こうした現状から抜け出すためのヒントを探すために、僕は再び「君たちはどう生きるか」を読み始めた。二年前とは大きく状況が異なるため、受けとり方も大きく変わっていた。二年前は妬ましく思っていた、コペル君が正しい道に進んでいく姿も、同じような経験がある僕としては、その時の事が懐かしく感じられた。しかし、一つだけ気になる点があった。それは、コペル君の「人間分子の関係、網目の法則」だ。二年前ほど周りに悪影響を与えていないが、依然として、世の中に何も生み出していない状況は変わっていなかった。そこで僕はもう一度この本をよく考えながら読み、今何をすべきか自分なりに結論付けた。それは、未来の自分のために何かを残すということだ。今は経験も知識もなく、世の中に何も生み出せなくても、今後世の中に何かを生み出していくために、今からできることがあると思った。また、このようなことをせず、目標を持たずに、言われたことだけをひたすら行ってきたことがここ最近の虚無感の原因だという結論に至った。

僕は「人間分子の関係」は時を超えると思う。僕達は日頃から、先人が作ったこの国で、先人が発明した道具を使い、先人の言葉に支えられながら暮らしている。僕は、今もなお僕達の生活と分子のように結びついている先人達の後に続くように、自分が他界した後にも、人々の生活を支えられるような業績を残すことが人生の本質だと思う。僕も、そのような業績を残すために、まずは「自分で自分を決定する力」を正しく使いながら、未来の自分のために、今できる最善を尽くしたい。

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