身近にもあったカラフルな世界
第40回(令和2年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
北村一乃さん(私立新潟清心女子高等学校)
(取り上げた書名『カラフル』/著者名:森絵都/出版社名:文芸春秋)
人は、嫌なことや辛いことがあるとそれから目を逸らし、避けて生きようとする。それは私もだ。
私はこの春、高校生になった。高校でも、小学校三年生から続けているバスケットボール部に入部した。高校生になったばかりの春は、これからの高校生活に胸を弾ませ、とても楽しみだった。しかし、新しい友達も増えた友人関係、より深い知識が必要とされる勉強、中学の頃とは比べものにならない部活の練習量と強度といった、目で見えないものが私にのしかかり、高校生活に次第に辛さが増していった。私はこれから先の高校生活に大きな不安を抱えてしまった。
私はどうすれば、この高校生活を充実したものにできるのか考えれば考えるほど分からなくなってきたとき、読書体験記のために本を読んだ。
この本は、一見、カラフルという、題名や表紙の明るい黄色からハッピーエンドの本かなと想像した。だが、一ページ開いて読んでみると、想像をはるかに超える文章が目に止まる。
「あなたは大きなあやまちを犯して死んだ、罪な魂です。」
この話は、生前の罪により「ぼく」の魂が天使業界の抽選に当たり、再挑戦のチャンスを得た。自殺を図った少年、小林真の体にホームステイし、自分の罪を思い出さなければならない。真として、過ごしていくうちに、家族やクラスでの人間関係に悩みながらも、次第に人生を見直すようになる。
その中で、「ぼく」が、見方の視点を変えてみることができるようになる場面がある。「それは、黒だと思っていたものが白だった、なんて単純なことではなく、たった一色だと思っていたものがよく見ると実にいろんな色を秘めていた、という感じに近いかもしれない。
黒もあれば白もある。
赤も青も黄色もある。
明るい色も暗い色も。
きれいな色もみにくい色も。
角度次第ではどんな色だって見えてくる。」
この文章は私がこの本の中で一番好きな箇所だ。どんなに身近であっても、他人については限られたことしか知ることができない。見方次第では大きく変わっていくものだという「ぼく」の気づきと本の題名「カラフル」という言葉には大きな関わりがあると感じた。この話の最後は「ぼく」はホームステイ先の小林真であったのを思い出し、この先、小林真をしっかり生きていくというもの。一人の人間が持つ多面性を、「ぼく」、いや、小林真の好きな絵になぞられて言い表した言葉ととらえることができる。
私は今まで、他人がどうだから、環境が悪いからと言って、自分以外の人や周囲に矢印を向けて考えていた。しかし、これからはそれを自分に矢印を向けて考えてみようと思った。それは、真のように、見方の視点を変えるのだ。日々の生活もきっと同じだ。見方の視点を変えていくうちに何かに気づき、それを重ねていくとまた何かに気づく。失敗と思える気づきもあるけれど、思いがけない感動に出会うチャンスを運んでくれることもある。それがこの本では、色で表現されている。そして私は自分自身にも色があることに気づいた。
見る角度を変えるだけで、違った色があらわれてくるとは、人はなんて不思議な存在なのだろう。この本を読んで、カラフルな毎日が、少し楽しくなった。そんな風に思えるようになった私も、春に咲き始めたうすい桜の色もプラスされたのかもしれない。
現在、バスケットボール部でインターハイ出場に向けて日々練習に取り組んでいる。時々、ふと、どうしてバスケットボールを続けているのかと思うことがある。走り込む辛い練習メニューや求められている高い技術やメンタルなど、重圧を感じることもある。それでも、今日も体育館へと続く廊下をいつものようにゆっくりと歩く私。聞こえてくるボールの音。少し汗くさい空気。個性的な部員たち。響き渡る掛け声。ああ、ここにもあったんだ、カラフルな世界が。