今を生きる

 

第42回(令和4年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
金子愛さん(新潟県立新潟高等学校)


(取り上げた書名:『ライオンのおやつ』/著者名:小川糸/出版社名:ポプラ社)

 私には歳が二つ上の兄がいます。社交的で何でもできる自慢の兄です。そんな私の兄は、四年前に大きな病気を患いました。一番辛いのは兄のはずなのに、私の前では涙ひとつ見せません。一方で、兄を支える立場の私は毎日泣いていました。苦しくて、信じられなくて、ずっとそばにいたくて…。溢れ出す感情を抑え切れないまま病院の売店に行った時、その一角で私の目に飛び込んできたのが、この本です。裏表紙にあった、「幸せに生きよう」という文字。この言葉が私の心に強くつき刺さったのは、誰もいない病院の屋上で静かに泣く兄の姿を見たからだと思います。
 「がん」と闘い、余命を告げられ、ホスピス「ライオンの家」で人生の最期を過ごした「海野雫」という女性がこの本の主人公です。
 私は、泣き崩れる母の背中をさすりながら本を捲り、生きている上で大切なこととは何か、模索しました。
 主人公「雫」は、病院で治療は受けずに、自分に残された一カ月をライオンの家で過ごすと、決断しました。もし、私が雫の立場だとしたらもう少し長く生きたいという気持ちと、治療すれば治るという可能性を信じて、辛く苦しい病院での生活を選択すると思います。しかし、死ぬまでの期間を自分のやりたいことに費やすことこそが人生最後のご褒美であり、幸福なのかもしれません。
 雫はライオンの家で、美味しいものを食べて、多くの人と出会ううちに、自然と自分の死を受け入れるようになります。その傍、もっと生きていたい、死にたくないという素直な思いも抱きます。
 雫の目標である、「一日一日をちゃんと生きること。どうせ人生終わるのだから、投げやりになるのではなく、最期まで人生を味わい尽くすこと。」
 この言葉に、雫の一人の女性としての強い意志を感じ、感銘を受けました。それと同時に、兄と家で過ごした一日一日を思い出しました。楽しい風景と共に、嫌な態度で兄を傷つける私が心を支配しました。毎日を大切にしていなかった。今後悔しても遅いのです。
 そして、私が一番印象に残っている場面は雫が、亡き母と夢の中で再会し、言葉を交わす所です。「何が大事かって、今を生きていることなの。自分の体で感じること。目で見て感動したり、触ったり、匂いを感じたり舌で味わったり。」どれも毎日当たり前のようにやっていることです。でも、その「当たり前」が人間にとって最も幸せなことだと改めて実感しました。だから私はこの日から泣くことをやめました。辛い時でさえ、生きていればできることはたくさんあるのだと気づいたからです。兄が今できること。それは、きっと笑って過ごすこと。なぜなら、兄は入院して以来全く表情を変えずにただ病室の窓から空を眺めていただけだったからです。私は、兄が笑顔になってくれる方法をひたすら考えました。そんなある日、私が兄の好物であるサンドイッチを作って、口元に運んであげました。すると、兄は少しだけ目を細め、私の頭を撫でてくれました。点滴と器具に繋がれた兄の手は温かくて優しかったです。泣かなかった兄もこの時は私の前で大粒の涙を流しました。「確かに兄はここにいる。私と生きている。これこそが幸せなことなんだ。」と実感したこの一日は、私にとって忘れられない一日となりました。
 この本を読んで、初めて「死」ということについて真剣に考え、生きている意味を学びました。幸せになること、夢を叶えること、お金を稼ぐこと…。どれも人生を豊かにすることだとは思いますが、人が生きている意味は、もっと別の所にあると思います。「平凡な日々でいいから、大切な人と生きること」これこそが人間が生きる意義だと、この本を読んでから思うようになりました。
 十五歳の今、時々頭に浮かぶ「生きる意味とは何か」という疑問。幸せでなくてもいいから、今生きていることに喜びを感じ、前向きに生きていきたい、そう強く思います。この先、悩んだり立ち止まったり、多くの困難が待っていると思います。しかしそれでも、一日一日を大切に、今を笑って生きていこうそう思わせてくれたこの本は、私にとって最高の一冊です。

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